日韓ワールドカップ観戦記

山本和彦
2002年6月

サッカーは我々の情熱のすべてだ — エクアドル・サポータ

プロローグ

ことの起こりは、5月24日に届いた一通のメールだった。知人がが送ってくれたそのメールには、「ワールドカップのチケットがあまっているそうです」と書かれてあった。気を使って頂いてとても嬉しい。

回ってきたチケットは、以下の通り。

なぜかエクアドルの試合が多い。南米予選二位通過とはいえエクアドルには興味がない。しかし、イタリアが好きな僕としては、 イタリア vs エクアドル@札幌に食指が動く。

「一席三万円ですが、マージンは取っていない」とのんきなことが書かれてあったが、一番よい Category 1 だとしても正規の値段は一万七千円だ。高いし、飛行機もホテルも取れないだろうから諦めることにした。

5月26日に東京都北区のリーグにサッカーの試合をしに行った。試合後、友達が「親のために二枚買ったが、親はもう持っていたので、一緒に行く人を探している」と言う。そこで、「飛行機とホテルの手配をしてくれるなら行ってもいい」と返事をした。

後日、その友達から飛行機とホテルが取れるというよい知らせが入った。しかし、チケットは一番悪い Category 3(ゴール裏)という悪い知らせも付け加えてあった。とってもボッタクリしているやんけ。怒ってもしかたがないので、人助けも兼ねて、試合を見に行くことに決めた。

ワールドカップ開幕の前日、札幌の知人からメールが届いた。この方は、コンサドーレ札幌を実質的に作った人で、話すとめちゃくちゃ面白い。イタリア vs エクアドルを見に行くと伝えたところ、試合後に一緒に飲もうということになった。盛り上がって来たぞ。:-)

札幌ドームへ

ようやく日本でワールドカップをやっていると実感が湧きつつあった 6月3日、13:00 に IIJ の 1F で友達と落ち合って、羽田に向かった。座席を割り当ててもらい、セキュリティを抜け、 ANA のラウンジへ。飛行機でよく眠れるように僕はビールを飲む。友達は、サッカーの予習に余念がない。

見せてもらったチケットの所有者は「エクアドル・サッカー協会」になっていた。これから分ることは二つだ。一つは、このチケットはエクアドル・サッカー協会が横流ししたということ。それが、エクアドルの試合ばかりだった理由だ。もう一つは、僕達はエクアドルのサポータのど真ん中で観戦するということだ。イタリア美人と写真を撮るという僕の野望は、北海道の地を踏まずして終ってしまった。

飛行中はぐっすり寝る。千歳の到着口を抜けると、目の前のカウンターでドーム行きバスのチケットを販売していた。しかし、そこには「祭り」を感じさせるものは何もなかった。

四年前、フランスのランスでは、ドイツ vs ユーゴの試合に合わせてビール祭りが催されていた。みんなビールを飲みながら試合に向けて盛り上がっていたのをよく覚えている。民族衣装を着たユーゴの応援団と記念撮影する際に、ユーゴの選手一人一人の応援歌を歌ってもらったのはよい思い出だ。

空港から福住駅までの閑散としているバスの中で、本当にこの地でワールドカップが開催されているのか分らなくなってしまった。

ドームまでの道中、イタリア人のおじさんがユニフォームを露天販売していた。あやしさ爆発。ようやくワールドカップらしくなってきた。

札幌ドーム

札幌ドームの入り口へ到着する。ものものしい警備だ。警備に力を入れるより、外国からのお客さんをどうもてなすか考えるべきでしょう?

最初はチケットを持っているかの検査。

これを抜けると、陸橋を渡ってドームへ。

途中に電光掲示板があった。

次のゲートでは持ち物検査。リュックサックの中身を調べられ、ボディチェックも受ける。チケットの持ち主確認はなし。まぁ、はなから無理だとは思っていたけどね。

エクアドル・サポータ

緑のゲート内は、予想通りエクアドルのサポータで溢れかえっていた。イタリア・ファンの僕は身の危険を感じ、急遽「えせエクアドル・ファン」に変わり身したのは言うまでもない。

エクアドル・サポータは歌う、歌う、歌う。あああ、観戦に来てよかった。

えせエクアドル・ファンの僕も一緒に記念撮影。

試合開始前

ゴール裏の席に行く。綺麗な芝生が目に入って感激。芝職人の苦労が報われたという感じだ。札幌ドームは、野球との兼用なのでピッチが遠く見辛いかと思っていたが、ゴール裏からは見易いようだ。でも、どうしてサッカー専用にしなかったんだろう。サッカーが根付きつつある札幌だから、将来後悔することは目に見えているのに。

周りにはおびただしい数のエクアドル・サポータ。

変な人も何人か目につく。(この人達、やっぱり BSデジタル放送では映し出されていた。)

試合前の余興で、子供たちがサッカーの試合をやっている。それをイタリア代表がピッチで見ている。

そのうち、国歌斉唱の際に旗を広げるための練習が始まった。しばらくすると、バックスタンドにいる縦一列のエクアドル・サポータがウェーブを起こす。

後日、韓国のスタジアムで試合の途中に無意味にウェーブを起こす韓国人に僕は不快感を覚えた。試合中のウェーブは、韓国代表が点を取ったときにやれと思う。「韓国には愛国者は多いが、サッカー・ファンは少ない」というセリフを身に染みて感じだ瞬間だった。それと比べると、エクアドルのサポーターはサッカーをよく知っている。試合前の好感が持てるウェーブも、イタリア代表がピッチに出てくると自然とおさまった。

イタリア代表がアップを始める。トルドがブッフォンの玉拾いをやっている。なんとぜいたくな。攻撃的な選手は、トッティとビエリのみ。インザーギは膝の調子が悪いのだろうか? 予選で成熟させた 3-5-2を捨てて、4-4-1-1 なのかなぁ。

エクアドル代表はぜんぜん姿を見せる気配はない。内側にアップ用の設備があるんだろうか。

試合

スタメンが発表され始める。

子供たちが旗を持って出てきた。続いて、子供たちのエスコートで選手が入場。(でも、子供たちがエスコートされているようにしか見えないけど。:-) イタリア国歌斉唱。そしてエクアドル国歌。

いよいよキックオフ。イタリアは 4 バック。中盤の 4 人は、横一線。トッティはビエリに並んでいる。綺麗な 3 列の 4-4-2。サッキ監督時代のイタリアを見るようだ。

この 4-4-2 の特徴は、 日本の 3-5-2 と比べると分りやすい。日本のサイドはそれぞれ一人。しかし、このフラットな 4-4-2だと、サイドはそれぞれ二人。つまり攻撃を一枚減らして守備を一人増やし、サイドを厚くしたことになる。インザーギの負傷と、開幕戦で王者フランスがセネガルに負けたことが、トラパットーニ監督にこの守備的な布陣を採用させた理由だろうか?

エクアドルも、同じ陣形だ。二人の CB がトッティとビエリを捕まえている。

前半はイタリアがエクアドルを圧倒。開始7分、パヌッチから出た縦パスに、トッティが流れて受けてペナルティエリアの右に侵入。ドニが DFをニアにつる。トッティはビエリの位置を確認して、中央に遅れてつめて来たビエリにパス。これをビエリが左足で正確に決める。

エクアドルの選手はビビッているようだ。縦パスをFWに当てる勇気がない。FWは縦パスが入ってもボールを後ろに戻すだけで前を向かない。4バックなのに、左右の SB も上がろうとしない。攻め手なしという感じだ。

27分、ディ・ビアジオから正確な縦パスが入る。これに反応したビエリは、 DFにショルダーチャージで競り勝ち、 キーパーをよく見て股抜きのシュート。キーパーの足に当るも、 ボールはゴールへ向かい、ほっといても入るのにビエリがさらに蹴り込んだ。

43分、トッティがゴール右でフリーキック。右のアウトにかけたボールは、壁の内側をキュンと曲り、キーパーから逃げていく。曲りすぎて枠から外れたけれど、すごいフリーキックだ。

後半はイタリアが流したのか、エクアドルのペース。ようやく中盤が前を向くようになってきた。最大の見せ場は、18番のシュート。オフサイドに見えたが、マルディーニが残っていた。ニアに強烈なシュートが飛ぶも、 守護神ブッフォンのスーパーセーブ。

試合の大半がこっちのゴール側で進められたことや、後半エクアドルが粘って試合を拮抗させたこともあって、とっても幸せだった。チケットが三万円なのは安いぐらいだ。

試合後、大学時代の仲間と合流する友達と別れ、札幌の知人と合流し居酒屋で飲んだ。イタリアの順調な滑り出しに乾杯!。(しかし、この後もたつくところがイタリアらしい。:-)

エピローグ

翌日の北海道ローカルな新聞には、 エクアドル・サポータが車を売ったり、ローンを組んだりして観戦に来ていると書かれてあった。そして、この観戦記の冒頭に掲げた言葉も紹介されていた。

後日、エクアドル vs メキシコをテレビで観戦した際、僕は自然とエクアドルを応援していた。先制点をあげるもメキシコに逆転負け。これでエクアドルは、決勝トーナメントへの進出が絶望的となった。初出場の国にとって、一勝をあげることがどんなに難しいか考えさせられてしまう。

しかし、エクアドルにとってはほぼ消化試合となったクロアチア戦で、エクアドルは一勝を掴み取った。四年前に日本がフランスで成し得なかったことを、エクアドルはこの日本で成し遂げた。こころから「おめでとう」と言いたい。現場に居合わせた友達は、エクアドル・サポータが大喜びしている姿を見たそうだ。エクアドルの応援の掛け声は、“Si Se Puede!”。そう、「やればできる」のだ。

このワールドカップを通じて、日本から遠いエクアドルが少しだけ近い国になった。そんな気がする。